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自由に育てる

前週のエッセイでもご紹介しておりますが、
自らの力で努力する子に育むために重要だと感じますのが、
子どもたち自身の気持ちを尊重すること。


では、「尊重する」とはどこまでの範囲を指すのかをお話ししたいと思います。
それは子どもたちに「自由な選択肢」を与えてあげることです。


自由というと何でも子どもの判断に任せるわけではありません。
自由の対極にあるのが「放任」ですが、何にもないところから子どもたちに
進むべき道を決めるのを任せるのは放任に当たります。


自由に育てていく上で、まず何をさせたいかの選択肢をいくつか用意することをおすすめします。
その中で、子どもたちが決めたことに関しては、考えを尊重し、任せていくこと。


私の母の習い事に関する考えは徹底していました。

・やる気がないものは伸びない
・身を立てていくことが出来るもの

この考えに基づき、ピアノ、ヴァイオリン、書道、学習塾に通いました。
その習うか習わないかの選択肢を考える時すらも、「やりたい」か「やりたくないか」を
必ず聞かれ、「やってみたい」と言ったものだけ連れていかれました。


ヴァイオリンは、最初に習った先生が演奏活動を基本とする方でしたので、
初めてはみたものの、子ども心にヴァイオリンを好きになることはできませんでした。

先生がお引越しなさるタイミングまでは続けましたが、その次の先生を探さなかったのは、
私自身が当時はヴァイオリンを好きではなかったからです。


お習字も小学6年生で先生がお教室を閉じられるまで続けました。
しかしながら、好きでやっていたかと言えば、途中からは行かされていた気持ちが強かったので、
やはり次のお教室を探しはしませんでした。


実は、自分で習いたい!と言った習い事もあります。
スイミングです。
しかし習いたいと言った私に母は、
「泳げないなら授業に困るから考えるけれど、ある程度は泳げるのだから、
あなたがこれから海軍に入るならいいよ」(笑)
と言って習わせてはくれませんでした。(夏期講習だけは行かせてくれました)


私の祖父は、海軍で乗っていた船が撃沈されたにも関わらず、
6時間立ち泳ぎで泳いでいたため、他の船に救助され生き延びました。
その時に一緒に海に投げ出された方の多くは、途中で力尽き海に沈んでいってしまわれたそうです。


平和な世の中になった今、スイミングで身を立てていくことは恐らくないと判断した母の決断でしたが、
私も実際に夏期講習会に行き、コツがつかめれば、学校の授業で級を取得することだけで満足でした。


そうしてピアノと学習塾が残ったわけですが、
通信教育を3年生から始め、学習塾も当時では早い4年生から通っていました。

学習塾はお友達もたくさん出来て楽しかったですし、
母としての想いとしては、勉強の基礎が身に付いていれば、
本人が何を志しても力になるはずと思ったようです。


ピアノは幼稚園の時から「ピアノの先生」になりたいと言っていたことが、
そのまま家族の後押しにより、ずっとその想いを貫いていくことが出来ました。

しかし高校を進学校にしたのも、私自身の考えですし、
高校入学と同時から次の目標を音大進学へ切り替えたことに対して、
家族の反対を受けたことは一切ありませんし、むしろ家族の中でもそれが共通の目標でした。


長年勤めました音楽教室を辞める際も、母に一度は反対されました。
ですが「あなたは一度言い出したことは絶対にやり遂げるだろうから」と背中を押してくれました。


思い返せば、母がこの世を生きてく中で身を立てていけると考えたものを習わせて
もらってきた訳ですが、そこからの判断はすべて私の考えが尊重されてきました。


「勉強しなさい」も「ピアノの練習しなさい」とも一度も言われたことはなく、
ただいつも「○○になるためには何が必要?」と先の目標を見せてくれていました。


そこで母の考えやを押し付けることはなく、自分で考えることを任されていたのですが、
そのおかげで今でも何かをしようと考える時には、
あきらめることなく、「実現のためには何が必要?」と考え続ける回路にはなりました。


子育ての中で、子どもたちとの距離の取り方は、大人の腕の見せ所ですね。

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